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중앙영광교회

伝道と私

이용규목사, 2008-11-07 01:05:56

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伝道と私

御言葉//ヨハネによる福音書 4:34-38

1. 私がすべきこと
仕事のない地位はない。すべきことがあるからその地位につくようにしたのだ。
課長なら課長として、部長なら部長として、役員なら役員として必ずやるべきことがある。任命を受けた人々がその仕事に全然関心がないとすれば、その職場は並大抵の深刻な問題ではない。皆が職務放棄をしたら、会社の存続は時間の問題だと言っても過言ではない。
教会は世の中で選ばれた神様の民たちの集まりである。まさに選別された集団なのだ。神様は確かにかれらだけができる仕事があるので選んだのだ。選ばれた者には、やらなければならない使命があるのは当然のことである。教会が果たさなければならない使命は何であろう?教会の一員である私がやるべきことは何だろうか?
神様は教会に、世の中ができない貴い使命をくださった。天使たちも尊ぶ使命をくださったのだ。もちろんイエス様もこの事のためにいらっしゃった。(マルコによる福音書 1:38) その事は生命を生かす事である。世の中のどんな力が強い人や権勢も死んで行く生命をいかして永遠の生命を与えることはできない。生命を生かす事はクリスチャンにだけ与えられた神様の特権である。その方法が他ならぬ伝道である。(マタイによる福音書 28:18-20) 伝道は死んで行く人々に生命を伝える最高に正しい行為であり、善なる行為なのだ。
リック・ウォレンはこのように言った。
'他人のためにできる一番偉い事は、永遠の命を所有する方法を知らせてあげることだ。'
リック・ウォレンはお父さんの遺言どおり 'イエス様のために一人の魂でも救うこと'を自分の一生の主題にして暮している。それで彼は世界で一番影響力ある、教皇よりもっと影響力ある宗教人になったのだ。
政治家が世を変えるのではなく、クリスチャンが変える。
政治家が世を生かすのではなく、クリスチャンが生かす。
生命と能力は神様から神様の弟子たちに、クリスチャンたちに与えられたからだ。
私たちの人生で助けてくれる人の中で一番偉い人は '生命の恩人'だ。
私を死から引き上げてくれた人よりもっとありがたい人がどこにあるか?
天国で誰かがあなたに
'あなたは私の生命の恩人です。本当にありがとうございます。
あなたがあの時、私に福音を伝えたから私がここに来ることができました。'
と言える人が何人いるだろうか?
これがあなたの使命に対する神様の点数だ。使命は、やってもいいし、やらなくてもいいのではない。使命は命をかけて必ずしなければならないことである。
'しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。' (使徒言行録 20:24)
ところであなたは今命をかけて何をしているか?あなたの人生をどこかにむだ使いして、使命には全然関心もないのではないか?まるで自分と関係がないことのように。

2. イエス様がなさった仕事
ヨハネによる福音書 4章は '使命章'、または '伝道章'と名付けても良いだろう。
ここでイエス様は自ら伝道の見本を見せてくれたし、伝道に対して教えてくれたのだ。
過越祭を過ごしにエルサレムへ行ったイエス様が、帰って来る途中に疲れてシカルという町のある井戸の周りで休むようになる。あの時、ちょうど女性一人が水を汲みに来た。その時、イエス様は女性にちょっと水をくれと声を掛ける。果して水のため声を掛けたのか?違うだろう。水はただ動機を作る過程で、それを通じてその女性に永遠の生命を与えるためだ。(ヨハネによる福音書 4:14)
イエス様にはすべての魂が貴重である。この女性は蔑視されたサマリア人であって、女性だったし、またその中でも 5回も結婚に失敗したというわけありの女性だった。しかしイエス様はその女性をとても貴重に思って'一対一'で会い、慰めてあげて生命の福音を伝えた。人は人を差別して無視することがあるが、神様は人を差別することも、無視することもしない。皆がこの世のものより貴いのである。
'イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。'(ローマの信徒への手紙 3:22)
'福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。'(ローマの信徒への手紙1:16)
イエス様は疲れていても福音を伝えた。これが使命であり、生命を生かす唯一の道だからだ。イエス様は賢く福音を伝えた。女性が全然拒絶反応を感じないように伝えた。井戸の周りだから '水'を通じて伝えた。とても自然に感じられる。イエス様は 'この水を飲む者はだれでも渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して乾かない' (ヨハネによる福音書4:13,14) と言った。人生の渇きは、世の中のどんな水でも解決することができないことを言っている。人生の真の満足は神様の井戸の水を飲む時に来る。イエス様から離れた人生は満足を感じることができない。昔のイスラエルの人々が井戸を中心に一日一日を生きて行ったとしたら、今日私たちはイエス様を中心に永遠の生命を生きて行くようになる。井戸の共同体からキリストの共同体に人生を移すようにするのが伝道の能力だ。シカルの人々は、イエス様に福音を受けた女性一人の伝道を通じて、多くの人が井戸の共同体に安住せず、キリスト共同体に人生を移した。彼らは実際に二日もイエス様に仕えて一緒に暮らしたりした。変貌したシカルを一度想像して見なさい。その辛かった井戸の共同体から解放され、キリスト共同体に変わった歓喜に満ちた彼らの姿を!これが伝道の能力であり、やりがいであり、祝福である。
イェス様と出会った女の一番目の変化は '礼拝'だった。キリストに会ったのか?礼拜が変わらなければならない。真の礼拜を捧げなければならない。そうするためには、この女のようにイエス様に真剣に伺わなければならない。'イエス様!礼拝は如何に捧げた方が良いですか?''私の礼拝は果して神様が喜ぶ礼拝でしょうか?'
礼拜が回復すると人生が回復する。回復した礼拝は '霊と真理'で捧げる礼拝である。(ヨハネによる福音書 4:24) それは自分の霊が聖霊の導きをもらって、心が真の真理である御言葉の導きを受けて捧げられる礼拝である。形式や意識が重要ではなく、心が重要なのだ。心をつくした礼拝が真の礼拝だ。心の抜けた礼拝は空の礼拝で、空虚な礼拝である。
伝道は先送りしてはいけない。私たちはよく '刈り入れまでまだ四ヶ月もある' (ヨハネによる福音書 4:35)と言う。しかしイエス様は '今'が最適期とおっしゃる。'目をあげて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている.'(35) サマリアの女を見なさい。彼女があなたよりもっとイェス様を長い間、知っていたと思うか?彼女は初めてイエス様を知った。言い換えれば、教会に初めて出てきた人とも言える。彼女の人生はどうなのか?まだ変化したことが何もなかった。しかし彼女は最高の伝道者になった。村全体を救う仕事をした。'私はまだイエス様をよく知らないです.''私はまだ人生がめちゃめちゃです.'ここから自由になりなさい。あなたはサマリアの女よりはずっとましだ。今すぐ伝道する資格がある。ためらうな。今出なさい。
イェス様は伝道を肉の食べ物より貴重である、もう一つの食べ物だとおっしゃった。(ヨハネによる福音書4:34-35)
実際にイエス様は空腹を伝道によって解決した。伝道すればお腹が一杯になる。人生の腹は世の中の食べ物ではなく、魂の救援で満腹感を感じる。人生で空腹感を感じるか?伝道をして見なさい。全ての世の中のものが入って来たような満腹感をあなたの人生で感じるでしょう。

3. 伝道者の恵み
イエス様は伝道者にものすごい祝福を約束した。ある姉妹の証しのように、私たちが伝道する度にイェス様は微笑んで私たちに生命の王冠をかぶせてくださる。'息子よ、娘よ!本当によくやった。私はお前を見て本当に嬉しい.'
伝道者にイェス様の約束した祝福は次の通りだ。
第一は伝道は無駄にならないというのだ。必ず対価が支払われる。しかもそれが先払いというのだ。'刈り入れる人は報酬を受け' (ヨハネによる福音書 4:36)
二番目はその実が生命の実で、永遠の生命の実というのだ。この地でだけ有効なのではなく、天国まで持って行く実だ。'永遠の命に至る実を集めている' (36) '神に従う人の結ぶ実は命の木となる。知恵ある人は多くの魂をとらえる。'(箴言 11:30)
三番目は神様とともに喜んで楽しむことである。'共に喜ぶのである.'(36) 収獲の楽しみが分かるか?いくらやりがあるのか知れない。伝道をしてみた人の共通の証しは「楽しみ」だ。この楽しみは世の中が与えるものとは違う。言葉では言えない楽しさと感激があなたの魂を充たすことが感じられる。人生の楽しみのない人は必ず、伝道をしてみることを勧める。人生が確かに変わるだろう。
リック・ウォレンはこのように言った。'どんな対価を支払っても伝道の仕事に献身したら、あなたは他人がほとんど経験することができない方法で神様の驚くべき祝福を経験するようになるでしょう.'
四番目で、伝道は苦労しなかったものを刈り入れる唯一の福だ。'あなたがたが自分では労苦しなかったものを刈り入れるために、わたしはあなたがたを遣わした' (38) 他のものは苦労しないで刈り入れようと思うことは大変悪いのだ。必ず適当な苦労をするようにする。しかし伝道は違う。神様が十字架でもうすべての苦労をした。私たちは、ただ刈り入れさえすればよい。伝道よりもっと易しいこともない。イエス様が十字架でなさった仕事に比べれば何でもない。完全に熟した実を刈り入れるだけであなたのものになると言うのに、何をためらっているのか?苦労しないで刈り入れる特権をサタンに奪われてはいけない。伝道が如何に貴重なのか、サタンがあまりにもよく知っている。それで私たちが伝道に真剣になる瞬間、サタンも真剣になる。私たちが伝道の計画を立てればサタンは直ちに妨害計画をたてる。それで伝道をしようと思えば、急に心に恐ろしさが生じて、環境に問題が起こったりする。覚めていなければならない。サタンの妨害工作にだまされては絶対にだめである。

'福音を伝えるすべての機会を最大限活用しなさい。
彼らと会うすべての瞬間に賢明に行動しなさい '(ゴロサイ 4:5- LB)
イェス様は井戸の周りでも、十字架でも福音を伝えた。
私が福音を伝えることのできない所はない。ただ私の心が私を邪魔しているだけだ。
'神様よ!地の果てまでも、神様の誇らしい証人になれるように願います。私を遣わしてください!'

4 コメント

中森千草

2008-11-07 03:10:14

何日間か夢を見ました。
その内容の背景はすべて違いましたが、共通しているものがあり、それは、伝道でした。
そして起きてから、私の仕事は伝道だと悟りました。
悟ってからはその夢は見なくなったのですが・・・・・・・
今の状況に物足りなくて、でも何ができるわけでもなく、そういったモヤモヤが心の中にありました。
でも夢でのことにより心がスッキリして、神様から直接仕事を任されたことに喜びがあふれました。
心が定まってからは、目指す目標も変わり、与えられた仕事に楽しみを感じています。

田辺高幸

2008-11-07 07:55:31

今回の説教で話に出たサマリア人。ユダと分裂した北の王国イスラエルの首都だったサマリアは、アッシリアの攻撃を受け、紀元前721年に陥落した。その後、多くのアッシリアの人々が移り住むようになった。そこでイスラエルの人と結婚するケースがあり、その間に子供が生まれた。これらの人たちの名前である。当然ユダヤ人から迫害された。
僕は父親が、日本人と、当時で言うと朝鮮人(この呼び方を差別用語にしてしまったのは日本人の罪だ、と前に少しだけ教わった在日一世の先生に言われたことがある)の間に生まれた。僕はサマリアの女の話を聞いて、すぐに父のことを思い出した。今は帰化したが子供の頃は韓国籍で、いじめられることもあったらしく、この辺については話をしたがらない。
軽々しく差別撤廃なんていうけれど、なかなかそうはいかない。これを分かっているのは、こんな軽々しい発言をしてしまう人ではなく、実際にその立場に立った人だとは思う。軽く言うには問題が重い。
人とは愚かである。差別をしたがるのだ。それに対して主は、サマリア人に対して、そういうことは一切行わなかった。平等に福音を宣べ伝えたのである。神様はみんな同じに愛をくれる。そんな方だから、僕は信じてついて行っている。
福音とはどんな方にも関係なく、宣教される神の御言葉であることがこのことでよく分かる。そして主について行っている僕も、それを伝導する役割を持っている。僕は確実に救われた。それを独り占めしないで、多くの人に知ってもらい救われて欲しい。
だからいろいろと伝導カードを渡したり、人の会話に聖書の話を入れたり、ブログを作ったり、ホームレスのためのお弁当の上に乗せる紙のデザインをしたりしている。これらは人の勧めもあって始めたことでもあるが、断ればしないでいいことをしているわけだから、これも立派な奉仕だと思っている。これを続けて行きたいと思う。正直言うと目立たないけれど、コツコツしていきたい。これが今の僕のしていることです。

※伝導用にブログを作ってます。基本的に毎日更新してます。聖書を読む機会がない人にぜひ勧めてください。このために僕はこれを作っています。
「キリスト教 生きていて力ある御言葉」( http://nabesang.blog116.fc2.com/ )

이용규목사

2008-11-07 17:49:57

이번에는 황후연 형제님이
번역을 해 주셨습니다.
감사합니다.

古郡武志

2008-11-09 01:35:30

「仕事のない地位はない」

 この言葉を聞いたときに、思い出す話がある。
 部長の地位にあった人が職を失って求職活動をしている中、ある会社の面接を受けたのだが、その面接官から「あなたは何ができますか?」と問われたときの答えが「私は部長ができます」という答えだったという話しである。
その部長は、以前の職場ではどのような扱いをされていたのだろうか?まわりの人から
「部長!部長!」と呼ばれてちやほやちやほやされていたのかもしれない。
しかしながら、その「部長なる地位」の内実は、地位に安住していて自分ができること
を具体的に挙げることができない空虚なものであった。
私は、会社内で高い地位の人が現場の実態も知らずに、椅子に踏ん反り返っているのを見ると無償に腹が立つ。私は、椅子に座って地位に安住するビジネスマンではなく、目の前にある問題を自ら汗を流して解決できる「プレイイングマネージャー」になりたいと思っていた。
 自分が救われたという地位に安住して、福音を伝える努力をしないのであれば、「私は、部長ができます」と答えた部長と同じになってしまう。
 フランス語にノーブレス・オブリージュ(nobless oblige)という表現がある。社会を導いていく上流階級には、その地位にふさわしい義務・責任があるという考えである。
この考えに照らしてみると、神の子どもとされた私たちは、この世の光というとてつもなく高貴な地位にあるので、福音を述べ伝えるというとてつもなく貴い義務を有するということも自明であり容易に理解できることである。
 神様、福音を述べ伝えることができるプレイイングマネージャーになるように導いて下さい。そして、そのような力が与えられていると信じます。

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