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중앙영광교회

お祈りと私

이용규목사, 2008-12-17 19:16:23

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お祈りと私

御言葉//マタイ7:7

1.       お祈りは全てを変える。
イエス様は自らこのようにおっしゃった。
‘求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。’(マタイ7:7)
神様が、誰に与えて、見つかるようにして、開かれるのか?
偉い人も、権力がある人も、賢い人でもない。ただお祈りする人である。神様はお祈りする人に与えられて、見つかるようにしてくださって、門を開かれてくださると約束した。
だから、お祈りは全てを変えるのだ。世の中を変える力は私たちの`手`にあるのではなく、私たちの`お祈り`にある。
だったら、あなたはどうなのか?毎日時間を決めて祈る習慣を持っているのか?それとも礼拝の時や食事の時にするお祈りが全部なのか?そうでもなければ、とっくにお祈りは他人ことだと思うのか?
お祈りに対して学ぼうとするのでなく、お祈りする人になるべきだ。お祈りの博士学位を持ったとしてもお祈りしなければ、お祈りする小学生に劣る人だ。どうお祈りするかを悩むではなく、まずお祈りをしなければならない。
水泳は泳いで学んで、お祈りはお祈りをして学ぶ。
自分に聞いてみなさい。`あなたは本当のお祈りする人なのか?`
弟子たちがイエス様に尋ねた。`なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったでしょうか。`(マルコ9:28)
イエスは ‘この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ`と言われた。(マルコ9:29)
信仰の人の力はお祈りにあるということだ。
苦難が出来たのか?重要な仕事を処理しないといけないのか?思い煩いことがあるのか?恐怖に襲われてるのか?(フィリピ4:6, 詩篇50:15) とにかく、まずお祈りしなさい。これよりもっといいお祈りのチャンスは無い。それでも解決できなさそうであれば断食してお祈りしなさい。神様が選ぶ断食は ‘悪になる束縛を断ち軛の結び目をほどいて、虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。のためである。(イザヤ58:6)
そして主は約束した。      
‘あなたが呼べば主は答えあなたが叫べば「わたしはここにいる」と言われる。’(イザヤ58:9)
そうなのになぜ私たちお祈りしないのか?なぜ?、なぜ?、なぜ?
お祈りは人生の飾りではなく、あなたの人生をまるごと変える力である。
お祈りは全てを変える。きっと!!

2.        全信徒断食お祈りの日
リンカ-ンは聖書の人だけではなく、お祈りの人である。彼はこのように言った。`私は困難にあう度に膝まずいてお祈りをする。そうすれば、不思議なことに解決できる知恵を授かった。
1863年 4月 30日はアメリカの運命を変えた日である。多分、その日が無かったらアメリカの歴史は大きく変わらなかっただろう。その日は全国民が断食お祈りをした日だったからである。お祈りがあれば運命が変わる。お祈りがある人生は変わるようになり、お祈りがある家庭も変わるようになった。お祈りは運命を変える。
南北戦争に巻き込まれたアメリカのため一人で毎朝お祈りしたリンカ-ンは全国民に断食のお祈りをすることを訴えた。
`国のために断食しながらお祈りするのは全ての国民の義務だと考えます。私たちの罪と過ちを謙遜に告白し、真心で悔い改めると私たちみんなは神様のあわれみと許しを改めて経験できるでしょう。南北戦争のこの悲劇は、私たちの恥ずかしい罪に対する神様の裁きであり、また国家的な改革が必要だという神様の合図です。今まで私たちは続ける成功に陶酔して高慢になりました。それで私たちは私たちを想像なさった神様にお祈りさえしなかったです。みんな一緒に悔い改めてお祈りしましょう’
驚くべきことは全国民の断食祈りの後、南北戦争は全てのところで劣勢だった北軍の勝利となった。
'戦いの日のために馬が備えられるが、救いは主による'(箴言21:31)アマレクとの戦いでイスラエルが勝利したのも、戦争場での勝利ではなく、お祈りの現場の勝利だった。
今、全世界が経済的にとても大変だ。特に宣教の大国であるアメリカと韓国が一番苦しい。ここには確かに神様の強い御心がある。クリスチャンが目を覚ましてお祈りする時期だ。悔い改めてお祈りする時期だ。もしかするとクリスチャンが神様よりお金にもっと頼ってるかも知れない。クリスチャンは自分の国だけではなく、世界のためにお祈りする義務がある。なぜなら、神様が私たちを世の中の光として立ててくださったからだ。
まず、神様の子供として、私たちの罪と過ちを素直に告白し、国家のために、世界経済のために断食してお祈りする日を持って欲しい。12月19日、全ての信徒が共に断食して神様に伏せてお祈りしよう。まず、悔い改めて神様のあわれみを求めよう。私たちは出来ないが、神様は出来る。全ては神様の御手にある。神様が開くと扉は開いて神様が閉めると扉が閉まる。神様が高めると上がって、神様が低くされると下がる。
‘全信徒断食お祈りの日’が絶対に人に見せるイベントのようなことではなく、ただ神様のみ前に進む真実なお祈りの日になって欲しい。ただ、主のあわれみと赦しと回復の恵みが全ての世の中にあるように徹底的に伏せて悔い改める時間になって欲しい。

3.       気を落とさずにお祈りなさい。
初代教会の働きはお祈りの働きだった。教会が教会らしくなるためにはお祈りがなくてはいけない。
‘心を合わせて熱心に祈っていた’(使徒言動録1:14)
‘パンを裂くこと,祈ることに熱心であった.’(使徒言動録2:42)
‘民に多くの施しをし,絶えず神に祈っていた。’(使徒言動録10:2)
‘ペトロ は牢に入れられていた。 教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた’(使徒言動録12:5)
‘真夜中ごろ, パウロとシラスが 贊美の歌をうたって神に祈っていると…突然,大地震が起こり,牢の 土台が揺れ動いた。 たちまち牢の戸がみな開き,すべての囚人の鎖も外れてしまった.’(使徒言動録16:25,26)
初代教会は常にお祈りする教会だったし、お祈りの返事が人生そのものだった。
現代教会が初代教会になるためにはお祈りの炎が改めて燃えないといけない。人々は最初はすべらしい覚悟を持ってお祈りを始めるが、すぐ冷めてしまう。簡単に諦めてしまう。善なることは諦めるとその実はない。‘たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば,時が来て,実を刈り取ります。’(ガラテヤ6:9)
特にお祈りをする途中気を落としてはいけない。‘たゆまずお祈りしましょう. 飽きずに励んでいれば,時が来て,実を刈り取ります。’
イエス様はこれに関して強くおっしゃってる。
‘イエスは,気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために,弟子たちにたとえを話された。’(ルカ18:1) このたとえはやもめと裁判官のたとえだ。
やもめは、たとえ、裁判官がいい人ではないけれど、彼の力を信じた。彼がやってくれれば自分の問題は必ず解決できるという確信を持っていた。だから、彼女はたくさんの屈辱にも決して絶望せず最後まで裁判官を尋ねた。
裁判官はやもめの諦めなく執念深いその姿に降伏して彼女のために裁きを行った。
やもめは裁判官に対して‘あなたなら必ず出来る’という強い信頼の確信を持っていた。これが彼女が諦めずに最後までしつこく粘り続けるエネルギー源だった。お祈りを途中に諦めないようにするためには神様に対する信仰の確信が揺れてはいけない。‘神様なら絶対に出来る。’多くの人々がこの確信を失ったからイエス様は痛ましく思った。‘しかし,人の子が来るとき,果たして地上に信仰を見いだすだろうか’(ルカ18:8)
神様に対する信仰が復活するとき、お祈りも復活する。全能なる神様、必ず答えてくださる神様を信頼できないのにどうやってお祈りがうまく出来るだろうか。
私たちがお祈りの勇士になるためには
一番目はまず、お祈りしないといけない。理由を問わずまずお祈りしないといけない。
二番目は気を落とさずお祈りしないといけない。途中にお祈りをやめてはいけない。お祈りを諦める人のように愚かな人はいない。どんなことがあったとしても、絶えずにお祈りしないといけない。お祈りを休む罪を犯してはいけない。
三番目はただ信仰でお祈りしないといけない。‘信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。’
(マタイ21:22) 信仰の確信さえあれば、やもめのようにお祈りを諦めないようになる。
リックウォレンはこのように話した。 ‘人生のある必要さ(健康、物質、知恵…)に関して、祈れるということを多くの人々は分かっていない。’
人々は礼拝の時には神様を少し思い出すけど、人生の中ではあんまりも忙しすぎて(?) 神様のことを忘れて生きる。これこそ人生の不幸の始まりだ。神様は人生の中で、問題の中で祈る人に喜ぶ。
お祈りは神様に捧ぐ霊的な香りと言った。
神様はあなたの祈りを今も待っている。神様の喜びになりたいのか?神様に香りを捧げよう。すなわち、香りは信徒の祈りだ。
‘香のいっぱい入った金の鉢とを手に持って,小羊の前にひれ 伏した。この香は聖なる者たちの祈りである.’(黙示録5:8)      

4 コメント

이용규목사

2008-12-17 19:17:35

최수진 자매님이 은혜롭게
번역해 주었습니다.
감사합니다.

中森千草

2008-12-18 05:33:00

誰に教えてもらった訳でもなく、人は自然に手を組み、ひざまずいて神様にお祈りする。
神様は、祈ることをすでに私たちの体にInputされているように感じます。
そして、神様に求めることも。
私たちはそれに反抗して生きているから、苦しいのだと思う。
神様が造られたままの姿で生きていけば、祈りなさいという言葉は聞かなくてもいいのではないかと、考えてしまう。
祈りはすばらしい! 祈りがすべてを変え、祈りによって幸せをとても感じられる。
そして、神様に完全に委ねて祈った後は、最高の気分になれる。
考えが正され、知恵をいただき、悟ることができるこの時間が私は好きです。
祈りは私にとって、生きるための道しるべです。

田辺高幸

2008-12-18 06:43:13

祈りの力は、僕は思い切り体験している。今、使役訓練を受けているが、それも祈りのがあってのことだった。今の僕は日本人の賛美チームで活動をしているが、それまでは韓国人とのグループに入っていた。その時に、韓国の人は訓練が受けれる。しかし、僕は韓国語を真面目に勉強していないものだから、訓練に参加するにも言語の問題で無理だった。それで、僕は神様に祈っていた。
「何故、韓国の人が受けれて日本人は受けれないんですか?神様はすべての民族を平等に扱われる方ではないですか?日本語の訓練があってもいいではないですか?」
そんなことを祈っていたら、奇跡は起きた。日本人の弟子訓練が始まったのである。そして、僕は参加し、現在に至っている。祈っていなかったら行われなかったと思う。
父親が事業の失敗で行方をくらましたとき、僕は叫びと言ってもいい祈りをした。
「イエス・キリストの御名によって命じる。わが家族に不幸をもたらす悪しき霊たちよ、出て行け!消え失せろ」
そしたら10分後に母親からメールが来た。父親が帰って来た。安心するようにという内容だった。
韓国の人は大好きだけど、日本人の信徒と分かち合いがしたい。それをずっと祈っていた。そうしたら、いつの間にか日本人と知り合うことができて、それが出来るようになった。これも祈りの力だ。
今、正直言うと、なかなか会社が安定しないので困ってはいる。しかしこれも祈りの力で乗りきれられると信じている。僕は祈りによって助けられてきた。祈りを通して神様と会話をして、叶えてもらった。だから大丈夫だと思う。祈りは素晴らしい。僕は実感しているのではっきりそう書ける。だから今後も祈りをする。そんな毎日を過ごし、神様とお話がしたいと思っている。

古郡武志

2008-12-20 08:49:40

私が、飲み物と食べ物を断ってからもうすぐ24時間が経過しようとしている。
断食祈祷は今まで行ったことがなかった。

食事のときやお菓子を食べる時に無上の幸せを感じる私にとってはとてつもなく困難でできそうにないことだったし、何にせよおいしいものを食べる幸せを手放したくなかったからだろう。兄弟姉妹から断食祈祷の話を聞いても、自分がやろうという意欲は湧かなかった。

このリップルを書いている今も空腹の絶頂の中にあり、どうも私の目の前では、ケーキ、すきやき、とんかつなどいろいろな食べ物が羽根を付けて飛んでいるかのようだ。

しかし、一日断食祈祷を守ることができたのは本当に信じられない思いであり、こうして断食祈祷を終えようとしている今、嬉しい気持ちで、本当にやってみてよかったと言う思いである。
私が断食祈祷をしながら考えたことは、少しばかりの空腹やのどの渇きくらいはイエス様の十字架の受難に比べればなんということもないということであった。

祈りで重要なことは信仰の力でお祈りすることだと学んだ。
イエス様は、私を救うために、とてつもない苦しみを味わい、命まで捧げて下さった。
イエス様を送って下さるほど私たちを愛して下さっている神様が、わたしたちの心からの声に応えて下さらないはずがない。
祈りはこのような確信に支えられるべきだ。

私が断食祈祷を通じて学んだこと…クリスチャンには十字架がいつも共になくてはならず,祈りの時もいつも十字架がともになくてはならないという当たり前のことであった。

この激動の経済のただなかで多くの人に必要な糧が与えられるように祈りたいと思う。

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