Skip to content

중앙영광교회

なぜ生きているのか?

이용규목사, 2008-09-12 04:26:44

閲覧数
411
推奨数
35
なぜ生きているのか?

御言葉/ ダニエル書 6:10-11

1.なぜ生きていますか?
'なぜ生きているのか?'
'あなたの人生の目的は何なのか?'
'何を成し遂げるために生きているのか?'
最近韓国では、トイレを3つにふやすことが人生の目的である人々が多いと言う。トイレが1つ付いている家に住んでいる人よりは2つ付いている家に住んでいる人がもっと成功した人に見え、2つよりは3つを持っている人がもっと成功した人に見えるということである。
我が教会は、一般住宅を購入し、それを改造して使っている。ここに初めて入って来た時、1階に2つのトイレと銭湯みたいな風呂場が2つあり、2階にまた一つの広いトイレがあった。まさにトイレが3つもある大きい家であった。銀座で大規模事業をしていたある社長の邸宅だったと言う。国を超えてトイレの個数が富と成功との象徴のようである。
ある人が死んで神様の前に立ったが、神様が‘あなたは世の中で何をして来たの?’と聞いたそうである。その時彼は誇らしくこのように答えた。‘私はトイレを3つも増やして来ました。’神様がおっしゃった。‘あ、そう?それでは天国でもトイレ掃除をしなさい。’
どんなにつまらないことなのか。人生で一番大事なのは‘目的’である。人が目的以上の人生を生きるのは不可能である。‘目的’がその人の人生を導くからである。
目的のない人生はさまようことになる。目的が間違っている人生は、たとえその目的を成し遂げるとしても虚しさを感じるが、目的の正しい人生は、常に満たされた麦の人生を生きて行くことができる。お酒と賭博におぼれた人生は、目的なくさ迷う人生の姿を、苦労して博士を取った後に空しさで自殺の誘惑を受ける人生は、目的が間違えている人生の姿を代弁している。しかし、たとえ牢に投げ込まれても喜びで満ち溢れ、感謝の賛美ができたパウロは、正しい目的で生きて行く人の恵みあふれた姿を見せてくれる。
アフリカ中央部にあるルワンダは、世界最初で‘目的の導く国’を夢見ている。リック・ウォレン牧師先生の‘人生を導く5つの目的’を読んで大きい感動を受けたルワンダの大統領(ポールカガメ)は、自分の国を紛争と傷から救ってくれる能力は、神様の目的通りに国を再建するしかないことを悟ったのである。今‘人生を導く5つの目的’は、個人ひとりではない国全体を変えて行くのである。神様が私たちに与えてくださった目的を回復するのが、人生の唯一の解決策である。
‘あなたの人生の目的は果して安全なのか?’
‘あなたの人生の目的は果してこのまま良いか?’
神様は我が教会に大きい福を与えてくださった。毎年定期的に‘目的が導く40日特別早天祈り会’を通じ、自分の人生の目的を点検しながら回復できる機会をくださった。毎年自分の健康を‘人間ドック’を通じてチェックすることも大事であるが、毎年‘目的が導く人生’を通じて自分の人生を点検することはもっと大事である。自分の人生を本当に大切にする人なら、必ず自分の人生の目的を定期的に検診しなければならない。絶対ほったらかしておいてはいけない。
40日間、毎朝神様の教会に来て通院治療を受ける人生は、必ず健康を回復すると信じる。

2.建物の目的

‘皆さんは使徒や預言者という土台の上に建てられています。’(エフェソの信徒への手紙2:20)
聖書は、信徒を建物だと表現している。神様は、人生を建物だとおっしゃっている。だから人生の目的は建物の目的と等しいと見られる。家を建てる本来の意味は何なのか?絶対に立てることそのものが目的ではない。目的は、そこに入って暮すためである。人の住まない家は廃家である。家が家らしくなるには、人が住まなければならない。
我々は家である。それでは我々の内に誰が住んだら廃家にならないのか?
'知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです'(コリントの信徒への手紙一6:19)
神様は、聖霊がおられる家として我々に身を与えてくださった。我々は常に目を覚まし、ひたすら聖霊に満たされるようとしなければならない。それが、身が存在する理由だからである。
これに対してイエス様が面白いたとえ話をしてくださった。(ルカによる福音書11:24-26)
ある人から汚れた霊が出たが、休む場所を探しても見つからなく自分が出ていた家にまた戻って来た。戻って見ると、家は空いていて、きれいに掃除して整えられていた。そこで出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着いた。聖霊で満たされていないと、汚れた霊で満たされることを警告している。あなたの家は今'汚れた霊の家'として用いられているか?それとも'聖霊の家'として用いられているか?‘ダニエルには優れた霊が宿っていた。’(ダニエル書6:4-日本語聖書)と、聖書は記録している。万物の上におられる、優れた霊である聖霊が我々の内に住まれると、ダニエルのように優れた人生を生きるのは当たり前のことであろう。
それでは我々の内におられる聖霊は、どんな仕事をされるか?
聖霊は弱いわたしたちを助けてくださる。信徒のために祈ってくださる。聖霊の実である尊い人柄をくださり、賜物としていろいろな能力をくださるだけでなく、真理を悟らせてくださる。この様々な目的を一言で要約したら、‘あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる’(使徒言行録1:8)である。すなわち、神様の証人になることが、聖霊の目的であり、人生の目的である。ところが、多くの人々が神様の証人になるよりは、自分の証人になろうと血眼になっている。自分の経歴、財産、家族、能力を自慢しながら証拠しようとしている。自分自身が神様の証人になるのではなく、神様を、自分を高める証人として利用しようとする。自分に邪魔になると判断したらびしびしと神様の物を切ってしまう。神様の栄光のためのことを一切の迷いもなく切ってしまう。自分の栄光のためなら、礼拜も、十分の一献金も、奉仕も、伝道も切ってしまう。霊的な暴君になってしまう。私たちは皆、自分の栄光でなく神様の栄光のために作られた者である。
‘だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。’(コリントの信徒への手紙一 10:31)
では、どうすれば神様の栄光を現わす証人としての人生を生きて行くことができるか?
第一は、良い行いに励むことである。
‘神は、この聖霊をわたしたちに豊かに注いでくださいました。…わたしは望みます。神を信じるようになった人々が、良い行いに励もうと心がけるように’(テトスへの手紙3:6-8)
‘異教徒の間で立派に生活しなさい。そうすれば、彼らはあなたがたを悪人呼ばわりしてはいても、あなたがたの立派な行いをよく見て、訪れの日に神をあがめるようになります。’(ペトロの手紙一2:12)
神様は私たちが良い行いに専念する時、栄光をお受けになる。これは、使役者精神である。すべての信仰の人は、良い行いの使役者たちである。ダニエルは代表的な使役者であった。彼は、全国民の中で一番仕事が上手な人であった。そこで王は、彼を総理大臣に任命しようとしたのである。ダニエルは神様のために真の使役者の人生を生きていた。それが神様に栄光を捧げる人生であった。
第二は、伝道に励むことである。
‘彼らは毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。’(使徒言行録5:42)
初代教会に聖霊が臨んだ時、彼らは異言を語り始めた。彼らがその異言で語ったことは、ただ一つ、福音を伝えるのであった。福音を伝えることが神様の証人となる道である。ダニエルは最高の伝道者の人生を生きていた。一回の事件を通じ、王を始めとしたすべての民が神様を敬い畏れるようになったからである。
神様が私たちに主神与えてくださった天職は二つである。まさに使役者と伝道者である。私たちは世の中でどんな職業を持っていても神様がくださったこの二つの役目を忘れてはいけない。神様は私をその所に‘使役者として’、‘伝道者として’派遣した。ダニエルを異教徒の国に派遣したように。

3.ダニエルの人生の目的
ダニエルの人生がこのように素晴らしい業を成し遂げられた原因は何だろう?
ダニエルの‘人生の目的’が優れたからである。ダニエルは決して自分のために人生を生きていなかった。もし彼が自分のために生きていたら、殺されることを分かりながらもお祈りを続けることはしなかったはずである。ダニエルは、自分が祈ると命がなくなるにもかかわらず、何気なく祈った。なぜだろう?彼の人生の目的が自分の命でなかったからである。彼の人生の目的は、ただ神様の栄光であった。彼は神様の栄光に邪魔になることなら、自分の命も思い切って、切ってしまう人であった。ダニエルは自分の人生の目的を、実際の生活で見せてくれた人である。
‘ダニエルは王が禁令に署名したことを知っていたが、…日に三度の祈りと賛美を自分の神にささげた。’(ダニエル書6:11)
私たちが神様にひざまずき、栄光を捧げると、神様はこの世が私たちにひざまずくようにし、私たちを世の中で栄光されるようにしてくださることを、ダニエルは言ってくれる。
目的が人生を変える。あなたの人生を変えたいか?目的を変えて見なさい。目的ほど人生は確かに変わるだろう。お金に目的を置いた人はたったお金しか得られないし、目的を命に置いた人はたった命しか引き上げられないだろう。しかし、目的を神様に置いた人は主の栄光を見られ、永遠な命と天国とが自分のものになる。
‘何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。’(マタイによる福音書6:33)
瞬間の決断が永遠の奇蹟を作る。
今度の‘目的の導く40日特別早天祈り会’は神様があなたにくださったもう一回のチャンスである。この40日を通じ、ダニエルの神様があなたの神様になり、ダニエルの人生があなたの人生になるように神様の御名によって祝福する。

4 コメント

이용규목사

2008-09-12 04:27:44

이 진애 자매님이 수고하셨습니다.

中森千草

2008-09-12 07:33:12

ダニエルは、何が最も重要で、そして、どのように生きることが正しいのかをよく把握していた。
神様の栄光のために生きることを難しく考えてしまいがちですが、神様を見上げて生活することが何よりの幸せであるかを、感じることがありました。
素直に御言葉に従うことによって神様は御技を見せてくださり、そして、神様は私たちが悟ることができるようにきちんと足跡を残してくださいます。
神様のために生きることにより、最善を用意してくださり、神様に夢中になることにより、人生の道は豊かに広がっていくと思いました。
どのような状況の中でも、何が大切で優先すべきかを正しく判断できるようにしていきたいと思いました。

古郡武志

2008-09-12 17:27:20

「人は何のために生きるのか?」
 幼い時からこの疑問を胸に抱きながらも、答えを出せずにいた。答えを出せずに煩悶しているうちに、受験、就職、昇進など人生における課題が次々と現れ、それらの課題に対処するうちに、「勉強していい成績をとること」「一生懸命働いて立派な成績を挙げて、地位と高収入を得ること」がその時々における主要な目的になってしまう。さらには、「人は何のために生きるのか?」という難問は一生懸命考えても答えがでないものだから、心の奥底に封印してしまうのである。仮に周りの人に「人間って何のために生きるのか?」と尋ねてみるとどのような反応が返ってくるだろうか?おそらく「大丈夫?」「何か悩みでもあるの?」と言われるだろう。
根源的・根本的な思考を避け、現れては消える泡のような一時的な快楽に身を委ねていく社会に私は生きていて、その影響を受けてしまう。セーシェル・モルジブ・タヒチのような南の楽園で海を見ながら本のページをめくる贅沢なリタイア生活を送りたい、そんな事が頭の大部分を支配してしまうことがある。
 「何のために生きるのか?」という問いをつきつけられるとき、「被造物の存在目的は創造主が定めることであり、自分を中心にしていても人生の目的は決して見えてこない」という「五つの目的」の第1課の内容が頭に思い浮かぶとともに、頭の中では「神の栄光」を思いながらも実際の行動においては、「自分の栄光」を追い求める自分が恥ずかしく感じられた。
 仕事をするときにも「自分の栄光」でなく、「ダニエルは政務に忠実で、何の汚点も怠慢もなく、彼らは訴え出る口実を見つけることができなくなった」とあるようにクリスチャンとして「神の栄光」をあらわすことのできるように立派な仕事をしたい。と出勤前の今思った。今日も頑張ろう。「神の栄光のために!」

田辺高幸

2008-09-13 18:22:22

自分が基督教と出会って、明らかに変わったのは罪人であったことを始めて知ったことである。それを強く思うのは、聖書の御言葉で目を覚ます瞬間である。この御言葉を受け入れるということは、今まで自分が出来ていないから、反省したからであり、そこには悔い改めが存在している。そして、そのことをお祈りする。すると神様は、優しく聞いてくださる。今までそこまで自分のことを聞いてくださる方は出会ったことはない。だから祈りは辞めることは出来ないし、そんな方に対して、感謝し、崇めて、賛美するのである。
神様が全てなのである。それを忘れて生きないように。われわれを作った神様は何かしらの目的があって作ったはずである。僕は現在ブログ( http://nabesang.blog116.fc2.com/ )をやっているが、それには目的がある。聖書を知らない人に、知ってもらおうというものだ。物を作るのに目的がないことはありえない。必ず目的が存在している。
それを知って、それに向かって行っていく。そのように生きれますように。作られた者は、創造した方を中心に考えることが当たり前なのだから。目的を全うできるように。それを神様が喜ばれますように。毎日コツコツ、亀さんのように歩いて行こう。神の栄光を現わすように。

Board Menu

リスト

Page 43 / 55
Status 番号 タイトル 投稿者 日付 閲覧数
  258

교회와 나

24
이용규목사 2008-10-06 1216
  257

誘惑に陥らないためには

7
이용규목사 2008-10-03 417
  256

시험에 들지 않으려면

30
이용규목사 2008-09-29 1775
  255

わが人生の羊飼いは?

6
이용규목사 2008-09-25 393
  254

내 인생의 목자는?

30
이용규목사 2008-09-22 883
  253

人生の最小値の板を伸ばしなさい

7
이용규목사 2008-09-18 429
  252

인생의 최소치 막대기를 늘려라

34
이용규목사 2008-09-15 1056
  251

なぜ生きているのか?

4
이용규목사 2008-09-12 411
  250

왜 사는가?

32
이용규목사 2008-09-08 959
  249

従順の対象 

5
이용규목사 2008-06-19 491
  248

순종의 대상

29
이용규목사 2008-06-16 1299
  247

従順口座

4
이용규목사 2008-06-10 480
  246

순종 계좌

23
이용규목사 2008-06-09 832
  245

従順の巨人

4
이용규목사 2008-06-05 407
  244

순종의 거인

26
이용규목사 2008-06-02 942
  243

チームの従順

2
이용규목사 2008-05-28 398
  242

팀 순종

36
이용규목사 2008-05-26 1032
  241

聖霊の人

5
이용규목사 2008-05-21 501
  240

성령의 사람

35
이용규목사 2008-05-19 1168
  239

あなたは神様の神殿

5
이용규목사 2008-05-14 437

   

sketchbook5, 스케치북5

sketchbook5, 스케치북5

나눔글꼴 설치 안내


이 PC에는 나눔글꼴이 설치되어 있지 않습니다.

이 사이트를 나눔글꼴로 보기 위해서는
나눔글꼴을 설치해야 합니다.

설치 취소