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중앙영광교회

肯定と勤勉

이용규목사, 2009-03-26 20:53:10

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肯定と勤勉

御言葉// マタイによる福音書25章24~29節

1.人生を浪費しないために
 マタイによる福音書25章は天国準備の章である。人生は、永遠の生命(天国)を準備するために存在する。どうすれば天国をきちんと準備できるか?あっという間に過ぎ去ってしまう人生を、無為に過ごすのではなく、充実して過ごすことができるか?
 イエス様は私たちが理解しやすいように3つのたとえを通して、天国をどのように準備しなければならないかについて御言葉を下さっている。
 第一番目は若い乙女を通して「目を覚ましている生き方」をしなければならないといっておられる。新郎でおられる神様が何時来られるかわからないために、いつも目を覚まして準備していなければならないということである。
 第二番目はタラントンのたとえを通して「勤勉な生き方」を生きるという御言葉である。人生は必ず決算のときが来るから、そのときにどのように忠誠な生き方をしたかを神様は決算なさる。
 第三番目は羊と山羊のたとえを通して、弱い人を助ける「善なる生き方」をするように御言葉を下さっている。これが最後の審判の基準になっているためである。
 「目を覚ましている生き方」、「勤勉な生き方」、「善なる生き方」が実にイエス様が教えてくださった、この地上での最高の生き方である。神様は私たちが天国に行くときにこの3つの生き方を通して私たちを評価される。これは、あるいは、天国に入る面接試験といっても過言ではない。ところでこれに対しての答えは、その天国の席で書くものではなく、この地上での生き方を通して書いた答えを神様に見せて差し上げることなのだ。一種の人生の内申書の成績といえるか?
 天国は、内申書の成績がよければよいほど点数を受けることが出来る。この地上での人生をいつも「目を覚ましている生き方」、「勤勉な生き方」、「善なる生き方」で満たしていけばよいのである。

2.あなたもタラントンを受けた
 今日は第二番目のたとえを中心に恩恵を分かち合ってみよう。
これは大変有名なタラントンのたとえだ。1タラントンは労働者の15年分の労賃だ。日本の円に換算すれば約5千万円位になるだろう。
 あなたはこの地上にどうして存在していると思うか?あなたの存在の根拠を考えてみたことがあるか?私たちは決して偶然の産物ではない。
 私たちがこの世に存在しているのはただ神様の恩恵による。神様が私たちを作ってくださったので私たちがこの地上に存在しているのだ。(創世記1:1)
 神様は私たちをこの地上に送られたとき、手に決して何も持たせないで送りだされたのではない。ある人には5タラントン、ある人には2タラントン、ある人には1タラントンを下さった。
 このとき、私が何をどのくらい受けたかは重要ではない。これは神様が私たちの状況に合わせて各自異なる形で下さったためだ。これは、すべて神様が分け与えて下さったものである。背丈の高い人は高いなり、小さい人は小さいなりに魅力があり、音楽の素質がある人はその人なりの魅力があり、運動に素質があるひとはその人なりの魅力があるものである。良い悪いということではなく、すべてに個性があり、尊い。神様が下さった贈り物であるからだ。
 私たちすべてが神様からかけがえのないタラントンを受けた。そのために悩む必要は全然ない。自分のタラントンにただ感謝すればよいのである。
 代わりにあなたが必ずしなければならないことがあるはずだ。それは何か?受けたタラントンで最善の人生を歩むことである。「貧しい家に生まれたこと」、「このような外見で生まれたこと」は決して私のせいではない。神様のせいだ。(?)しかし心配する必要はない。私はただ任せられたタラントンで最善の人生を歩めばよいのだ。神様はわたしが持っているタラントンの数を評価するのでなく、生きる姿で点数をつけて福を下さる。大きな障害を持ちながらも大きい成功をおさめた人はどんなに多いか?彼らは、ないことに不平を言うことなく、あることに感謝をして最善の人生を歩んだからである。
 「私はなぜ持っているものはこれだけなのか?」決してそうではない。そのような時間があれば、その時間に「どのようにすればこれで2倍にするか?」いろいろと考えてみよう。これがあなた自身が自身の人生を祝福する近道になる。

3.1タラントンを受けた人はなぜ叱られたのか?
 5タラントン、2タラントンを受けた人は大きい賞賛を受けたが、1タラントを任された人はひどいお叱りを受け、持っていた1タラントンまで取り上げられてしまった。なぜこのように取り上げられたか?1タラントンを任せられた人は主人のお金を盗んだのではない。主人が任せたお金で放蕩な生活をしたのではない。彼はただ主人のお金を地中に埋めてきちんと保管しておいた。しかし、これがそれほどの罪になるのか?そうなのだ。すごい罪になる。主人がその人に任せた時に、任せたものを通して何かをすることを望んでいるためである。そうでなければ、いっそのこと銀行においておけば利子が生じる。任せられた人には最小の銀行の利子以上の仕事をする使命がある。任せられた人たちに求められるのは忠誠である。(コリントの信徒への手紙一 4:2)
 1タラントンを任せられた人の罪は、他でもない「任せられたものの忠誠が無い」からである。これはつまり「怠惰」である。だから主人は彼を「怠け者の悪い僕」といった。賞賛した僕たちを「忠実な良い僕]と言われたのと対照的である。
 任せられた者達の中でどんな者が悪い者か?怠けている人である。
怠けている人たちは怠けていることを罪とは考えない。
怠けている人たちは怠けていることを深刻に考えていない。
怠けている人たちは考えもなしに怠惰の罪を今も犯している。
しかしこの事実を心に留めておかなければならない。神様は決算のときにあなたの怠惰を審判されると事実のことである。信仰の良い人の中にも種々の怠ける人がいる。
 「イエス様をきちんと信じれば、勉強しなくてもよい。イエス様だけを信じれば仕事をしなくても良い。イエス様だけを信じれば、身の回りを整えなくてもよい。」」
 決してそうでない。これよりも大きい信仰の誤解は無い。信仰があればあるだけ勤勉にしなければならない。信仰は忠誠(勤勉)と直結しているためである。
1タラントンを任された人はまさにこの誤解の犠牲になったのである。
 彼の信仰は素晴らしかった。彼は主人を信じた。 蒔かないところから刈り取る全能なる方であると確実に信じていた。彼は神様の能力に対して絶対肯定の信仰を持っていた。しかし、ここに予想できない副作用が発生した。全能なる神様を信じているためどんな仕事もしないということだ。「神様がすべてしてくださるんだ。」これは正しい信仰の表現では決して無い。信じているなら、信仰の正しい表現である忠誠が現れなければならない。任されたものに求められるものは忠誠であるためである。イエス様は結論としてこのように言われた。
「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」(マタイによる福音書25:29) この御言葉を簡単に表現すれば、「勤勉な人は豊かになり、怠け者はあるものまでも奪われる。」という御言葉である。
箴言にも同じようなみ言葉がある。
「手のひらに欺きがあれば、貧乏になる。勤勉な人の手は富をもたらす」(箴言10:4)
神様はパウロを通して「働きたくないものは、食べてはならない。」(テサロニケの信徒への手紙二3:10)と命令し続けている。
 信じる人には2つの羽が等しくあるときに飛翔することが出来る。神様に対して絶対肯定の翼と仕事に対する絶対勤勉の翼がある。絶対勤勉は一言で言えば「忠誠」である。
 あなたの信仰を世間に表現することを望むか?世間の人よりも高い水準の肯定の姿を見せなさい。あなたの信仰を世間に表現することを望むか?世間の人よりも高い水準の勤勉の姿を見せなさい。絶対肯定と絶対勤勉が一緒にあれば、その人の信仰は必ず世間の人が
十分に出来ない絶対信仰になるだろう。

4.砂漠にもオレンジが出来るか?
イスラエルは荒野の国、砂漠の国である。そんな国で毎年数十億ドルの農産物輸出の収益を上げているといえば、納得がいかないかもしれない。どうして砂漠にこのような奇跡が起こるのだろうか?理由は簡単だ。イスラエルの民は神様の御言葉に対する絶対肯定の信仰で、絶対勤勉の姿勢で砂漠を耕したためである。
 彼らはイザヤ書43:18~20の御言葉を受けてそのままに実践した。「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。」(イザヤ書43:18)この御言葉によって農業ができないという固定観念をなくして、「わたしは荒れ野に道を敷き、砂漠に大河を流れさせる。」(イザヤ書43:19)の御言葉で道は農道と、川は水路と信じ、400キロメートルも離れているガリラヤ湖から水を引いて砂漠を肥沃な土地にしたのである。だから今はイスラエルで生産されたオレンジがヨーロッパでは非常に高く売れる果物になったということだ。イスラエルは、自身の国だけでなく、ほかの民族も食べさせることの出来る輸出国に変貌した。彼らが万一お祈りばかりして仕事をしなければ、神様は決してこのような奇跡を彼らに与えて下さらなかっただろう。仕事をしなければならない。
神様は勤勉な人を祝福する。信仰があるか?信仰があるならそれに見合うほどに熱心に仕事をしなさい。信仰によって熱心に仕事をすれば、砂漠でも最高のオレンジを収穫できるというのが神様の法則である。

4 コメント

이용규목사

2009-03-26 20:53:51

안마상이 은혜롭게 번역해 주셨습니다.
감사합니다.

中森千草

2009-03-27 06:07:59

頂いているタラントが生かされないといけない。
怠けてはいけない。

神様の前にいつか立つことを考えたとき、私の行動は驚くほど早かったです。
人と話をするとき、「神様」のことを話そう。そして、毎日 必ず!

自分は信仰者なんだと意識させられ、そのことにより生活が正されました。
受けている数々のタラントをどのように活用していくかで、人生は決まる。
神様が目的をお持ちになり、私にくださったプレゼントを大切に飾っておくのではなく、神様の栄光のために世の中の人々に伝えていきます。


田辺高幸

2009-03-28 20:01:05

今回の説教は天国へいく準備の話でした。主は、3つの例えでそれを教えてくれています。一つ目は、「目を覚ましておくこと」です。いつその時が来るのか分からないのだから、目を覚ますことで準備をする状態を作る必要があるということです。2つ目は「勤勉な生き方」をすることです。人生には決算の日が来るから、それまでに神様に対して忠実にいれたかを見てもらい、判断してもらうということです。3つ目は「善なる生き方をする」ことです。神様との裁判で、これを行ったかを裁いてもらうことです。これらは全て欠けてはならないことだと思います。一つだけ出来ました。だから天国に行けます。そんなことではないと思います。このことを思い行動をしていきたいと思います。
1タラントンの話ですが、この話は聖書を初めて読んだ時に印象に残ったところです。1タラントンを預かった者は地下に埋めることで大切に保管していたのに対して、他の人はそれを使って儲けました。これは、例えば人から預かったお金を、麻雀や競馬、パチンコなどに使い込んで増やしたのと似ているので、何故彼らが褒められるのかが、正直不可解でした。それだけに忘れられない所になっていたのです。
しかしその理由が分かりました。1タラントンを土に埋めた人の主人に対する発言に全て集約されていると思います。「あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる方だと知っていましたので、恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました」。怖いから従っているという面では、確かに忠誠を尽くしているとは思います。しかし、これに生かして、主人に喜んでもらおうという気持ちはありません。恐怖から従順するけど、努力はしません。そんな発想だと思います。これでは何も生みはしないでしょう。
タラントンを恵みを置き換えるなら、それをいかに増やして神様に評価して頂くのかが、重要だと思います。誰もがそれを受け取っています。それをいかに観察し、解釈し、そして適用していくのか。それで全てが決まると思います。だからこそ、この例えは忘れてはならないと思います。

古郡武志

2009-03-29 09:16:27

「さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。」

 今回の説教を聴いていた時に、あるニュースを思い出した。
 それは、佐賀県のある会社役員が地中に3億6千万円を埋めておいたのだが、あるときそれらの現金が無くなっているところに気付き、警察に盗難の被害届けを出したというニュースである。どうも銀行の利息が低いから、家に置いていても火事の危険性があるから、絶大な安全性があると思われた土地に埋めといたというのが事のいきさつのようであるが、結局盗難で失ったのが皮肉であった。
 後生大事に地中にとっておいたのに、失うことになったのが、御言葉と共通していた点であると思い、かつ失う姿も私たちと同じではないかと思ったわけである。
 この失うということを考えるときには、2つの側面があると思う。
① 5タラントンを与えられた人も、2タラントンを与えられた人も、ともに2倍にして
いるのである。特に昨今の金融恐慌下であるためかもしれないが、2倍にするというのは、そうたやすいことではないと思える。おそらく、彼らは、どうしたら2倍にできるか知恵を振り絞ってアイデアを考え抜き、それを実行していたのではないか?肉体的な意味でも勤勉ではあるが、さらには知的にも勤勉ではなかったのかと思える。何も考えずにしゃにむに努力すればいいというわけではなく、知恵を振り絞って考えなくてはいけない。
 例えば、社会人になってから外国語を習得する人もいるが、そうした人はやみくもに猪突猛進に本を読んだりしているわけではなく、社会人としての時間の制約の中でどれだけ効率的に成果を挙げられるかを考え、勉強方法を工夫している人たちである。
② もう一つ重要なことは、神様が私たちに何をタラントンとして与えて下さっているかを発見することである。これは容易なことではなく、いろんなことに臆せず挑戦する中で、発見するように努力していくことが必要である。いろんなことに挑戦するのは若者のことだけに思う向きもあるかもしれないが、年齢はあまり関係ない。かなり年齢を重ねてから挑戦したことで、才能を開花させたという話しもよく聞く。
「もう若くないし…」「もっと僕より得意な人もいるし…」などいろいろな理由で挑戦にしり込みしてしまう。本当は、神様が与えて下さったタラントンがそこに潜んでいるかもしれないが、挑戦をやめることで、自分も知らず知らずのうちに地中にタラントンを埋め、失っているのかもしれない。

私たちは、脳にも汗をかき、肉にも汗をかいて、新たなタラントンを発見し、2倍・3倍にも増やすことができるはずだ。そうだ、私たちはタラントンを絶対に増やせる。
増やせることを確信して、頑張っていきたい。

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