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중앙영광교회

荒野の信仰

이용규목사, 2009-01-03 22:32:19

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御言葉//申命記 1:29-32

1.        彼らを恐れるな
最近あなたの率直な心情はどうか?
不安なのか? いらだっているか? 恐れと憂いに包まれているのか?
あたかも薄氷を踏んでいるような恐ろしさが近づいて来てはいないのか?
もしそれなら、なぜそうだろうか? お金、勉強、進路、家庭、世界的な経済的不安のためなのか? このすべての問題は、一言で言ってみれば環境があたえる苦痛だ。 あまり荷が重くて、自分の力で自分の能力ではとうてい耐えられないから、絶望するようになって、ため息をつくことになって、挫折することになって、不平を言うことになって、結局はあきらめたりもする。
ところでまさにこの時、神様は私たちにおっしゃる。
‘うろたえてはならない。彼らを恐れてはならない。’(申命記 1:29)恐れなければならない状況なのにどのように恐れないことがあるのか?
恐れないことがむしろおかしな状況なのに、どのように恐れないことができるのか? もちろんそうだ。 世の中状況だけ見れば、まさにそれが正解だ。 だが神様と共に見ることになれば正解は変わることになる。
世の中が神様を支配するのか? でなければ神様が世の中を支配するのか?
万物の主人になる神様が世の中を治められるのは厳然たる現実だ。
神様が見えない人は当然世の中が恐ろしくて震えなければならない。 見える世の中が全部であるためだ。 しかし神様を知る信仰の人は違う。 世の中がいくら恐ろしく見えても、神様はその世の中を思いのままに治められる方だ。
‘私が世の中を恐れようと神様を恐れるだろうか。’信仰の人は、世の中の支配を受けないで、世の中を支配する神様の支配を受ける人々だ。 世の中の支配を受ける人は世の中を恐れるが、神様の支配を受ける人は決して世の中を恐れることがない。 世の中を治める神様が出てきて一緒にしておられるのに恐ろしいということが話になるだろうか?
虎を捕まえる、よく飼い慣らされた猟犬も虎を絶対に恐れないという。 虎が見えさえすれば矢のように虎に突撃する。 虎は慌てて木の上に逃げる。 それで猟犬の飼い主がきて、銃で簡単に虎を片づけるという。 猟犬がなぜ虎を全く恐れないだろうか? 理由は簡単だ。 猟犬はあまりにもよく知っているためだ。 主人の銃一発ならば虎はすぐ倒れるという事実を。
主人の力を信じる猟犬も虎の前でこのように強くて大胆だが、まして神様の能力を信じる信徒が世の中の前で恐ろしくて震えては話になるだろうか?
信仰のない猟犬は虎が現れれば、すばやく尻尾を隠して逃げてしまう。 あなたが苦難の前で恐れるのは、苦難が多いわけではなく、神様に向かった信仰がないためだ。
何が真の能力か? 神様を信じる信仰だ。
自分を信じる人であるほど信仰がない人で、自分を信じないで神様を信じる人であるほど信仰が強い人だ。 自分を信じる人は弱い人だが、神様を信じる人は強い人だ。
私はできないが神様はお出来になる。
‘神様には不可能なことがない。(ルカによる福音書1:37) (Nothing is impossible with God)
まだ世の中のことで大変なのか?
世の中だけを見ずに、神様を望んでみなさい。
あなたの前にある虎だけ見ずに、あなたの後で銃を取っている主人を見よ。
猟犬が飼い主の能力を信じたように、神様の能力を信じて世の中に向かって、突進しなさい。
世の中はあなたのご飯になるだろう。
世の中があなたを押し倒すのではなく、あなたが世の中を押し倒すだろう。 信仰の猟犬のように明確に!!!

2.あなた達が神様を信じなかったのだ。
出エジプト1世代がなぜカナンの祝福の地に入れなかったのだろうか? なぜ彼らは荒野で死ななければならなかったのだろうか? 食べ物がなくて、飲む水がなくて、武器がなくて、広野がとても荒くて…違う。 彼らが荒野で人生をみじめに終えなければならなかった唯一の理由は‘信仰’がなかったためだ。
‘こう言っても、あなたたちの神、主をあなたたちは信じなかったが、’(申命記1:32) それで神様は怒られたし、彼らが決してカナンの地に入ることができないと誓いまでしたのだ。(申命記 1:34、5)‘世の中の荒野’が彼らを‘荒野人生’で終わるようにしたのはでなく、‘信仰の荒野’が彼らを‘荒野人生’で終止符を打つようにしたのだ。
世の中の荒野はそんなに重要でない。 全部神様の手にあるためだ。 しかし信仰の荒野はどれくらい恐ろしいかわからない。 あなたの人生を根こそぎ変えてしまう。 世の中の荒野を変えようとせずに、‘信仰の荒野’を一日もはやく‘信仰の沃土’に取り替えなければならない。
カナンの祝福の地と天国はお金でも、バックがあっても、美しい顔でも行けない。 カナンと天国はただ信仰でだけ行くことができると聖書は証明している。
‘主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。’(使徒言行録16:31) ‘私は必ず荒野を通過して、カナンに入る。’

3.私たちは苦しいことにあっても気をおとさない。
大変な時何より口を守らなければならない。 口に気を付けなければならない。‘昼間の話は鳥が聞いて、夜の話はネズミが聞く‘のではなく、神様があなたがするすべての話を今でも聞いておられるという事実を肝に銘じなければならない。
‘主はあなたたちの不平の声を聞いて憤り、誓って言われた。’(申命記 1:34)
神様はあなたが神様に恨んで、不満を言う時、怒られる。
‘天幕にとどまって不平を言い合った。「主は我々を憎んで、エジプトの国から導き出し、アモリ人の手に渡し、我々を滅ぼそうとしておられるのだ。’(申命記 1:27)彼らは神様がくださった福を、自ら禍に変えてしまった。 おろかなためだ。 分からないためだ。 苦難の中に恨みと不満の話をする人は神様のこころを分からないためだ。 難しいときほど自分の話をいつも点検しなければならない。 信仰の話を守らなければならない。 不信の話が、神様を怒らせる。
苦難の時に国民は不満の話をしながら帰ろうといった。 しかしカレブは違った。 彼は感謝の言葉を言いながら、これから前進しようといった。(民数記13:30)国民は環境を信じたが、カレブは神様を信じた。
話はその人の信仰により変わる。
神様はカレブを祝福される。
彼の信仰のためだ。 神様は人の才能を使われるのではなく、信仰を使われる。 能力は神様にあるから、信仰の器が準備された者に能力を注いで下さって善良な道具としてご使用になる。 だから才能より重要なのは信仰である。 良い時だけ信じる信仰でなく、自分の前に泰山が立ち続けている時にも、それを突き抜けて過ぎ去ることができる信仰がカレブの信仰だ。 カレブは最後まで神様を信じて従った。
‘彼だけはそれを見るであろう。わたしは、彼が足を踏み入れた土地を彼に与え、その子孫のものとする。彼は主に従いとおしたからである。’(申命記 1:36)
神様は国民にした話と正反対のお言葉をカレブにした。
あなたの言葉が神様の応答を呼び起こす。 祝福の話は祝福を、呪いの話は呪いを。
今苦難の前であなたはどんな信仰でどのような話をしているのか?
愚かなイスラエル国民のように恨んで帰ろうというのか?
でなければカレブのように感謝して前進しようというのか?
苦難の前であなたの姿があなたの運命を決定する。 あなたの人生は神様の手にあるためだ。
‘ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。  
わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、  
虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。’(コリントの信徒への手紙二 4:7-9)

4 コメント

이용규목사

2009-01-03 22:33:06

후루고오리상이 보내 주셨습니다.
감사합니다.

田辺高幸

2009-01-04 03:13:00

不安な時、いらだっている時、恐れと憂いに包まれている時。そんな時は大体が状況は決まっている。自分の中で神様不在となっていて、今置かれている現世の光景にただ立ち尽くして呆然としている時だ。自分で乗り切ろうとしてもがいて、自暴自棄となり、最後には物事を投げてしまう。
そんな時にこそ、神様を見つめなければならない。世の中が神様を支配しているのではなく、神様がこの世を支配していることを、そして被造物である我々をお守りくださっているこの事実を改めて知って、現世の荒野に対して恐れてはならないのだ。それが信仰だと思う。信じることが一番の解決方法だ。神様はなかなかマイペースな方なので、荒れ野から助けてくださいといってもすぐには叶えられないことがある。その時に、どういう判断をするのか?祈りを辞めてしまうのか?諦めないで神様を信じることを祈りを通して表明すれば、必ず光はこちらへ向く。イスラエルの民だって40年掛かっているのだ。何もかも神様を信じて始める。信じなければ奇跡も起こらない。だから今年も神様を信じて過ごしたいなと思っています。

中森千草

2009-01-04 07:16:58

実家に帰り、家族の姿に驚きました。
世の中が騒いでいることに対して、不安だとか恐れがなく、世の中と反対でした。
私自身、学ぶことが多かったです。何に対しても、両親にはこのように祈りなさいと教えていただきましたし、信仰に対しても、力を頂きました。
この地でのしくみをよく把握しているのでしょう。
環境による誘惑に陥りそうになり、夢では牧師先生に怒られました。
自分自身の心の弱さ、そして信仰の弱さに少し気落ちしそうでしたが、今回、自分の信仰を見直すいいきっかけになりました。
実家での貴重な休暇を、神様がプレゼントしてくださったことに深く感謝します。

古郡武志

2009-01-04 09:10:23

「私たちは苦しいことにあっても気をおとさない。」

また、12月下旬に奨学金の返済期限がやってきた。
実は、私は、高等学校時代と大学生時代に相当な額の奨学金の貸与を受けていたため、未だに奨学金の返済を行っている。毎年銀行で手続きをするときに、学生時代のことを思い出すのである。
兄が私立の理系に進学してしまい、かつ当時家の経済状況は良くはなかったために、家では私のために多くの学費を捻出してもらうことはできなかった。
私は、親からの援助には一切頼ることはしまいと心に決め、奨学金とバイト代とで学生生活を成り立たせたのである。もちろん、今考えてみれば、奨学金すら受けられずに進学を断念する学生がいるくらいなのであるから、私は幸せな方と言えるのだろう。
しかし、その時はそういうふうに思えないものである。
親が生活費・学費を丸抱えで面倒見ていて全くバイトをする必要がない学生や、甚だしくは、親から自動車をポンと買ってもらえるような学生がとてもうらやましく思えたのである。
特にバイトをしているときなどに、バイトをする必要のない学生は英語などの勉強に時間を費やせるかと思うと、ふつふつとうらやましさがわきたってきたものだ。

学生時代が終わって相当期間を経過した今、考えてみると、奨学金とバイト代で食いつないだ学生時代があったのは良かったと思う。相当ひどい経済状況に至っても耐えられる力が身についたと思うし、何よりも経済的な苦境にある人に共感ができるようになったからである。

私が好きな歌謡曲の一節に「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから」というものがある。
苦難にあって一番の祝福は、同じ苦難を味わっている人たちの気持ちを分かるようになり、力になってあげられるようになることであろう。

後ろで銃を撃ってくださる主人がいるからこそ、猟犬は虎に突進できる。
この主人のことを考えるときに、私の頭に思い浮かぶ御言葉は、以下のものである。
「神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということをわたしたちは知っています。」(ローマの信徒への手紙8章28節)

苦難があっても、その苦難を含め、神様が益となるように取り計らって下さることを信じ、笑顔と明るい言葉で立ち向かえるような強い男になりたい。

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