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중앙영광교회

聖書と私

이용규목사, 2008-12-05 22:48:57

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聖書と私

御言葉//ヨシュア記1: 7-9

1. 成功の道
聖書と私はどんな関係にあるか?
聖書は私の人生でどんな存在なのか?
私は果して聖書をどのように見ているか?
聖書はあなたの人生と全然無関係な存在か?それとも人生が思うとおりに行かない時、一回ずつ取り出してみる参考書位の水準か?ところが、神様ははっきりおっしゃる。'ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モ-セが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。' (ヨシュア記1:7)
聖書を見るあなたの目があなたの人生を決める。聖書はあなたが思うこと以上に、あなたの人生に驚くべき影響力を与えているからだ。

本文の話を少し調べて見よう。
イスラエル民に最大の危機がやって来た。彼らの唯一の希望だった、彼らのリーダーであるモセが死んだのだ。彼らはエジプトからは出たが、40年の経ったあの時までも広野で迷っていた。広野の生活と言うのは、まさに家がなく路上で生活する惨めな生活だ。今日のホームレスの生活よりももっと大変な生活だ。それに加えて、彼らの前はヨルダン川で塞がれていた。後は広野、前はヨルダン川、そしてリーダーは死んだ。前後に逃げ道などは全然見えない。また、方向を導く人もいなかった。本当に息苦しくて絶望的な状況に違いない。それでイスラエル人たちは甚だしく恐れ、驚きさえしたのだ。甚だしくはモーセの一番の弟子だったヨシュアまでも恐ろしさに包まれたのだ。この時、神様は命じられる。'わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。' (ヨシュア記1: 9)
そして神様はイスラエルがこの難局を乗り越える道を知らせてくださる。その道はどんな道だろう?他でない '御言葉の道'だ。
'この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。'(ヨシュア記1: 8)
神様は驚くべき道をヨシュアに知らせてくださる。その道は '平和の道'であり、'成功の道'だった。この二つの道が御言葉を通じて繋がる。平らな道、成功の道は御言葉の道の他の名前に過ぎない。何が人生の成功の道か?御言葉の道しかない。御言葉の道から左にも右にもそれない人は、万事が思いどおりになる。神様が常に彼と一緒にいらっしゃるからだ。(ヨシュア記1: 9) あなたの人生の道がいかにだ険しくても、御言葉の道の軌道にさえ乗れば、必ず平和と成功の道が開かれるであろう。これが聖書の約束だ。


2. 聖書講読
それではどうすれば左にも右にもかたよらないで御言葉の道をよく歩んて行くことができるのか?
第一は、御言葉をいつも読まなければならない。'この律法の書を、あなたの口から離ずことなく' (ヨシュア記1: 8)
リンカーンを通じて聖書の能力を確認してみよう。
'一冊の本を読んだ人は、二冊の本を読んだ人の指導を受けるようになっている。'という名言がある。リンカーンは、家庭の都合上、学校教育をたった小学校 9ヶ月間しか受けなかった。そんな彼がどうやってアメリカ最高の大統領になることができただろうか?彼は本の虫だった。本を読んで良い文章が出ればメモして読み、また読みながら自分のものにした。リンカーンに最大の影響を与えた本は聖書だ。
彼が 10歳の時にお母さんが病気で世を去ったが、彼のお母さんは幼い息子に一冊の聖書を遺産として譲ってから '愛する息子よ、この聖書は私のご両親から受け継いだのだ。私が何回も読んで随分古くなったが我が家の貴い宝物だ。私はお前に 100エーカーの地を譲るより、この一冊の聖書を譲ることを心より嬉しく思う。息子よ、お前は聖書を手まめに読んで、聖書の御言葉どおり神様を愛して、隣人を愛する人になってほしい。これが私の最後の頼みだ。約束することができるの?'と遺言を残した。 
彼は大統領就任席上で一冊の聖書を持ってこのように語った。
'私はこの聖書によって大統領になり、この席に立つことができました。'
リンカーンの信仰の十戒の一部をすこし紹介しよう。
第一は、私は主日を聖く守って礼拝生活に力をつくすでしょう。
第二は、私は日々に神様の御言葉である聖書を黙想して、その御言葉を実践するでしょう。
リンカーンは聖書の人だった。
あなたも充分にリンカーンのような人になることができる。リンカーンのように御言葉の人になったら。
アメリカの大統領当選者であるオバマがリンカーンの本を持って片手間に読んでいると言う。この難しい難局をリンカーンの知恵で乗り越えるためであろう。重要な事実は、リンカーンが賢いのではなく、リンカーンのつかまえた聖書が賢いのだ。難しい時であればあるほど、聖書から離れてはいけない。どこに行っても、他のものは荷になって持つ事ができなくても、聖書は必ず持って通いながら毎日読まなければならない。そうしてこそ、人生の暗さが退いて、明るい日が来るのだ。
'あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。'(詩篇 119:105)

あなたの人生があまりにもまっ暗で、道が見えないのか?
簡単だ。灯だけともせば良い。そうすれば見えなかった道が明るく見えるでしょう。'ああ!このように行けば良い!'今すぐ御言葉の灯をつけて見なさい。あなたの人生にも明るい光が臨むでしょう。
毎日御言葉を読みなさい。それが成功の手始めだ。

3. 聖書黙想
二番目は御言葉をいつも黙想することだ。
'昼も夜も口ずさみ' (ヨシュア記1: 8)
黙想と言うのは、御言葉をずっと繰り返して深く考えることだ。
これは私たちの内なる人を変えてくれる。
'いかに幸いなことか…主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。'(詩篇1:1-2)
またリンカーンの話をしてみよう。彼は南北戦争の危機を如何に乗り越えることができたのかをこのように述べた。'私は南北戦争で国の苦難が続く間、詩編 34編 7節の御言葉を暗唱しながら、これを通じて力を得ることができました。'この貧しい人が呼び求める声を主は聞き、苦難から常に救ってくださった。'この御言葉が私を気落ちと挫折から起こして立ててくれました.'
御言葉をよく黙想するためには、御言葉をたくさん暗唱していなければならない。暗唱している御言葉を集中的に思うのが本当の黙想だ。リンカーンは幾多の御言葉を暗唱している人だった。それで彼はよく聖書を暗唱して引用したと言う。たぶん歴代大統領の中で一番多く聖書を暗唱した人ではないかと思う。暗唱ができないというのは、頭が悪いからではない。しないから、できないのだ。霊的な怠惰が人生を台無しにする。怠惰を今すぐ退けなさい。延ばすな。延ばすことは怠惰の変装した姿だ。騙されないで。今すぐ御言葉を暗唱して見なさい。そして黙想して見なさい。御言葉の能力があなたをつかむでしょう。

リック・ウォレン牧師がひどい鬱病から完全に治ったことも、御言葉黙想の力が如何に大きいかをよく示してくれる。
人々がリック・ウォレンに質問した。
'あなたはどうしていつもそんなに肯定的なのですか?'
彼はすぐ答えた。
'私は人生の真理である聖書を暗唱する訓練をしています。そして TVや他の人々が与える、人生に対する嘘を信じません。そうしたら、こんなに大きな変化があらわれました。'
御言葉の繰り返しの驚くべき秘密が分かるか?黙想の本当の能力を体験したくないか?
あなたの人生を変えたくないか?ここに道がある。御言葉の道だ。この道に人生を任せて見なさい。新しい人生が開かれるでしょう。人生は御言葉だけが変えられる。

4. 聖書実践
三番目は、御言葉どおり実践することだ。
'そこ(聖書) に書かれていることをすべて忠実に守りなさい.'(ヨシュア記1: 8)
行うことがない信仰はサタンの信仰だと言った。(ヤコブの手紙 2:17,19) サタンも神様を知り恐れるが、御言葉どおり行わないからだ。行うことのない信仰は、魂が去った身のようだという。能力のない、死んだ信仰だということだ。信仰を生かすためには、御言葉を実践できる意志がなければならない。前の二つの段階である読みと黙想も同じだ。いくらその大切さが分かっていると言っても、自分が読まなくて、自分が黙想しなければ無駄だ。すべての御言葉は行うことを通じて実を結ぶ。
行いの段階までに立ち上がらなければならない。

人々はそういう気にならなくて、できないと言う。気持ちとか感覚に導かれてしまうと、何もできない。感覚の誘惑に騙されず、行動で感覚を新たにつくりなさい。正しいことを繰り返してして見れば、結局良い気持ちが付いて来る。
気持ちに行動が左右されずに、行動で気持ちを変えなさい。
笑うことが先なのか?笑える事が先なのか?
力の無い人は笑う事がある時だけやっと笑うが、
能力のある人は笑いで笑う事を呼んで来る。
神様が 'いつも喜びなさい。'と命じた理由は、先に笑う行動をしなさいという話だ。そうしてこそ、人生が変わるからだ。
御言葉は、実践したくなって、するのではいけない。到底実践できない状況で、実践しなければならない。そうしてこそ、その状況が変わるからだ。
読みたくて読んで、黙想したくて黙想して、実践したくて実践するのではなく、気持ちと関係なく実践しなさい。そうすれば、勝利することができる。気持ちに勝つことができなければ、何もできない。

そして実践力は一人でいる時より一緒にいる時に、強く現われる。
人は一人でいてはいけない。一人でいる時が一番危ない。
一人でいる時には、悪い事の誘惑を強く受けるようになる。一方、他人とともにいれば、よい事の刺激を受けるようになる。人がとなりにいるという事実だけでも、よい事にどれだけ力になるか知れない。人に '一緒に'の效果は本当にすごい。属会を重要視することも、ここにある。属会は善良な事の実践の現場だ。

'一悪 二善 三通'を必ず憶えよう。
一人でいれば悪を行いやすくて、二人がいれば善を行いやすくて、三人がいれば万事が思うとおりになる。

次で言う 'これ'は何だろう?
'これは私たちに生命を吹き入れてくれて、変化を起こして、奇蹟を行って、サタンを脅えさせ、傷を治癒し、希望を与え、能力を与え、私たちの永遠な未来を保障してくれる。'
正解は聖書だ。いつも読んで、黙想して、実践して、聖書と供に歩む人生になるように祝福する。
ヨブはこのように言った。
'その唇が与えた命令に背かず、/その口が語った言葉を胸に納める。'(ヨブ記 23:12)
リンカーンはこのように言った。
'私は霊の食卓に出る前に、肉の食卓に出たことがない。'
あなたの人生はどう言っているのか?

5 コメント

이용규목사

2008-12-05 22:49:49

황후연 형제님이
은혜롭게 번역해 주셨습니다.
감사합니다.

中森千草

2008-12-06 08:12:41

御言葉によって立ち上がることができ、御言葉によって私は生きることができています。
暗誦は得意なほうではありませんが、いろんな壁にぶつかることにより、傷をいやし、また勇気となり、力を与えてくださる御言葉に出会い、その苦難によって御言葉が頭に残り、黙想することができるようになりました。
そして何より、聖書をこれほどまでに、すばらしい書物であることを、教えてくださった
イ・ヨンギュ牧師先生の指導に感謝しています。
黙想の時間は、私にとってオアシスであり、一番心地いい空間となっています。
できれば、この時間は、誰にも奪われたくないほどです^^

田辺高幸

2008-12-06 09:18:35

「しまった!」
「困った!」
『どうすればいいんだ!」
街中を歩いていれば、誰かが心の中で叫ぶ。こんな時、大体は人は孤独である。一人の世界に入り込み、他人を引き寄せようとしない。

箴言11章13節によれば、
「指導しなければ民は滅びるが
参議が多ければ救われる」
と書いてあり、箴言15章22節に
「相談しなければどんな計画も挫折する。
参議が多ければ実現する。」
と書いてあり、
コヘレトの言葉4章9節から12節に
「ひとりよりもふたりが良い。
友に労苦すれば、その報いは良い。
倒れれば、一人がその友を助け起こす。
倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。
更に、ふたりで寝れば暖かいが
ひとりでどうして暖まれようか。
ひとりが攻められれば、ふたりでこれに対する。
三つよりの糸は切れにくい。」
と書いてある。
これらの書を書いたのはソロモンだ。彼は大きな味方を持っていた。知恵だ。しかもこれは、12歳でという若さで王の座を、ダビデから引き継ぐことになり不安な彼が、主なる神に求めて得たものだった。つまり彼の味方は神だった。それを味方にし、彼はイスラエルを栄えさせ、最も富のある王様となった。
ソロモンは一人で悩むことなく、味方を作れ、そうすれば救われると言っている。この世の多くの者が孤独を味わい、自閉してしまうのは、そんな味方がいないからだ、ということだろう。彼は最大の味方を持っていたからこそ、このことをハッキリを言えたのだろう。

実は僕たち基督者は、他人とは違う最も偉大なる味方を得ている。それは神だ。天と地を生物を作った創造主であり、地上に肉の姿を持って現れた神の子である主であり、心の中に住む聖霊が、最大の味方となっている。今回の礼拝のお話で出て来た「ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する」という聖句は、神が、教えを守りさえすれば味方となり、強くし、最終的に成功させると、我々の味方になることをおっしゃっている。これほどの味方は間違いなくいない。ソロモンが成功したのを見れば明らかだ。

僕が神様と会っているな、と実感する時は、聖書を読む時である。毎日読んでいる。今、使役訓練を受けているから読んでいるわけでもなく、いつからか忘れたが、それが習慣となっている。大体朝の電車の中で読んでいるのだが、それで神様の御心を知り、教えを戴いて、そして恵みを受けて職場に行くというのがもう何年も行っている。そして、未熟者ながら、そこにある言葉を一つでも実践しよと努力しているわけである。今の会社の状態は困った状態にあるのだが、僕がそれを乗り越えられているのは、聖書を通して神様という最大の味方をつけているから、何も不安がることなど何ひとつないと信じているからだ。正直言うと、何とも言えない感情が沸き起こるのだが、それを神様が癒してくれているから、僕はむしろ楽しく信仰を持っている。文の始めに書いたことが、心から溢れたとき、僕を冷静にさせているのは、神様の言うことを守れば成功させてくれる神様の御言葉があるからで、だからそれを守ることを行ってさえいれば成功すると神様が聖書を通して言ってくださっているからである。

逆に守らないと怖いというのもある。あのソロモンが、暴君となり、重税を人々からとり、他の神の偶像を持ち込んでしまったのは、神様の与えてくださった知恵に背いたからだ。その結果イスラエルは、ユダ王国と北イスラエルに分裂してしまうことになった。神を怒らせてしまった。それを聖書を通して知っているから、守らないことに対して、怖さを感じているのだ。あの知恵の王様であるソロモンですら、最終的にこの結果だったから、自分は、命令でもあるし、守るようにすることを肝に命じている。とにかくあのソロモンさえ陥ってしまったのだから、自分にも当然陥る可能性があるからだ。

偉大なる、しかも僕らしか得られない神様と言う最大の味方を御言葉を実践し、人生という期間で神様がくださった何かを持って、頑張ろうと思う。そうすれば必ずや僕は成功すると言われているから守って行こうと思う。それが僕が出来ることはこれしかない。聖書を書かれた神様の御言葉を守っていくつもりだ。どこへ言っても成功する、と最大の味方で真実な神様が言ってくださっているのだから、その御言葉を一つ一つ守って行こうと思う。感謝を込めてそうしたい。味方の神様に対してその気持ちを持つのは当たり前だが、そのように思う。

古郡武志

2008-12-06 10:22:35

「あなたがたは鳥よりも価値あるものではないか。」(マタイによる福音書6章26節)

 教会に通うようになる前、不安にさいなまれていたときに、私はこの御言葉に出会った。
 信仰を持つ前のことだったが、自分の知らない大きな力が自分を包み込むような感じが
して、不安は取り除かれたような気がしたのである。
聖書は、恐れを取り除き、希望と力を与えてくれる書物である。

そんな聖書であるからこそ、正しい心的態度で臨まなければならないと思う。

 唐突ではあるが、人間は、何かテキストがあるとそれを自分の都合の良いように解釈する。法律の条文でも契約の条項でも、同じ文章でありながらも読み解く人の立場によって導かれる結論が全く異なることになる。
 例えば、契約書を精緻に作ろうとすると、当事者の恣意的な解釈により紛争を招かないように考え得るありとあらゆる場合を書く必要が生じ、契約書はだんだんと分量が増え、分厚くなっていく。米国企業や欧州企業との契約において、日本人の法務担当者が分厚い契約書に驚いたという話もしばしば聞く話である。しかし、おもしろいのは、契約書をいくら厳重に細かく書いたからといって、紛争が減るかというとそうとも言えないという点である。(契約社会と言われる米国は、同時に激烈な訴訟社会でもある。)自分の都合の良いようにテキストを解釈するという営みがある限り、どんな文章を作ろうとも紛争は避けられないのではないかと思う。無理なことではあるが、本当に紛争がなくなるのは、当事者が自分の立場を離れて、文意を真剣に考えるときではなかろうか?
 英国の偉大な劇作家シェークスピアは、戯曲「ヴェニスの商人」で登場人物に次のような台詞を言わせている。
「悪魔も人並みに聖書を引き合いに出して、おのが目的の後楯にする」
恐ろしい台詞だと思うが、笑ってもいられまい。
たしかに現世的利益を御言葉で正当化することはないかもしれないが、本当に自分の都合のよい解釈や読み方をしていないのか?
冒頭の御言葉のように自分の心に響いてくるものは有り難く受け入れるのに、負担を与えるものは心を素通りさせるか、逃げ道を用意して下さらないかと期待するのである。
正直「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイによる福音書28章19節)という命令はできるだけ聞かないようにしたいし、もしくは「神様、「すべての民」は無理なので、とりあえずまわりの日本人でいいですよね?」とも言いたくなってしまう。
 聖書を読むのはたしかに恵み深く幸せなことではあるが、実は、神に向かわせるベクトルと心の奥底で蠢く神から引き離さんとするベクトルが交差する重たい時間でもあるのではないか?とそんな感じもする。
 大事なのは、自分のことを考えずに、「神様が私に伝えようとされていることは何なのか?」ということを無心に追求することであろう。
 「忠言耳に逆らう」ともいう。神様が伝えようとされていることが、例え私の耳に心地よいものではなくとも、よく耳を済ませて聞かなければならない。
 「読みたくて読んで、黙想したくて黙想して、実践したくて実践するのではなく、気持ちと関係なく実践しなさい。そうすれば、勝利することができる。気持ちに勝つことができなければ、何もできない。」
 気持ちに打ち勝つ信仰を!

木下 

2008-12-07 16:34:32

人生を肯定的に導く力は、聖書の御言葉にあると信じています。リック・ウォレン牧師がうつ病を克服された秘訣が聖書の御言葉を黙想することにあったことも信じることができます。仕事帰りにスポーツクラブで体を動かして気分転換を図り、日ごろのストレスを解消して肉体的にも精神的にも健康になろうとする人々がたくさんいますが、本当に根本的に解決できているのでしょうか。もちろん効果があると思います。旅に行ったり、温泉に入って疲れを癒し気分転換を図るのも十分効果はあると思います。無心で体を動かしたり、旅に行って普段と違う環境の中で、心を自然に向けて存分にその場所の良さを実感したり、温泉に入って心と体をゆったりさせるのも、心を日常生活の雑念から解放するための、黙想の手段のひとつと言えるのではないかと思いました。私は、これらの方法も活用しながらも、すべてを創造された神様が私たちに与えてくださった真に効果のある聖書の御言葉を信じて黙想していきたいと思います。

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