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중앙영광교회

目的3-イエス様に似ること

이용규목사, 2007-12-04 00:30:20

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「目的3-イエス様に似ること」

御言葉//フィリピ2:5

1.        私のモデル
神様は、私たちがイエス様に似たものになることを願っておられる。
神様の子どもである私たちが、その長子であるイエス様に似ることは、本当に当たり前のことである。神様は私たちを、創造なさるときからその目的で造られた。よって、神様は人間だけご自分の形で造られたのである。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。」(創1:26) これが、神様が私たちを造られた方法であった。創造時には、私たちが神様の形で造られたが、罪による人間の堕落で、その形がやぶられてしまった。この歪んだ形を元通りに復旧させるために、イエス様が来られた。
「神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。」(ローマ8:29)
「私たちは、神の御子を見て、全被造物のうちにある神の目的を知るのです。」(コロサイ1:15、Msg version)
その御子イエス様を見ると、私たちの人生に対する神様の目的を知ることになるということである。イエス様は、私たちが回復すべき私たちの本来の姿であり、私たちの完璧なモデルである。
あなたは今までどのような人を人生のモデルとしてきたか。私たちの人生の完全なモデルは、イエス様しかいない。私たちはイエス様に似るために、子どもとして選ばれた。これこそ、人生の3番目の目的である。最高のほめことばが何か知っているか。「あなたはイエス様そっくりですね。あなたを見ると、いつもイエス様を見ているような気がしますよ。」このことばを聞く人が、神様からもほめられる人である。私たちは生きている小さいイエスである。私たちを通して、イエス様の姿が見えなければならないし、イエス様の愛の香りが出るのは当たり前のことであろう。

2.        何を似るべきか。
では、イエス様のどんなところを似ていくべきだろうか。
「互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。」(フィリピ2:5)
顔がきれいなものが弟子ではない。心がきれいなものが真の神様の弟子である。神様の弟子は、外面に似せるのではなく、心に似せなければならない。肉の子どもは外面が両親そっくりになるが、霊の子どもは心(霊性)がイエス様(お父様)そっくりにならなければならない。「心が本当にイエス様そっくりですね。」クリスチャンは、このことばを世からよく言われなければならない。それが、本当の人生であり、祝福である。
では、どうすればキリストの人格に似せることができるか。
「栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。」(コリント二3:18)
キリストの人格を作られる方は聖霊様である。私たち自らは、作れない。イエス様の人格の代表的なのが、聖霊の9つの実である。(カラテヤ5:22-3) これは、人間の実ではなく、「聖霊」の実である。よって、これは、人が結ぶのではなく、ただ聖霊様が結んでくださることである。全面的に聖霊様に頼るとき、私たちはイエス様の人格に似ていくことができる。
では、聖霊に頼るということはどういうことだろうか。これはつまり、聖霊に従順することである。自分の我、自分の考え、自分の状況に従順するのではなく、ただ聖霊の導きに、神様の御言葉に従順する人生を生きるとき、私たちの人格は少しずつイエス様に似せて成長するようになる。

3.        成長にいい環境
「どうしてこのようなことが私の家庭に起こりますか。」
「どうして私がこのような試練と苦難に遭わなければならないのですか。」
「神様、私が何を間違ったのですか。ひどくありませんか。」
人生の中で、このようなことが言いたいときが必ずやってくる。このようなときこそ、私たちは起きていなければならない。自分が成長できる最高のチャンスだからである。
例えば、キムヨンア選手の監督が、キムヨンアを世界最高の選手に育てるため、地獄訓練をさせたときに、キムヨンア選手が苦しくて、「監督、私が何を間違ったのですか。どうして私にこんなひどい試練と苦難を与えるんですか。ひどくありませんか。母親に知らせるよ。」といったとしたら、あなたは彼女が正しいと思うか。幼い心で、目の前の苦難だけ見て、監督の深い考えが知らないから、そういうことをいうのではないかと思うだろう。
監督が間違って苦しいコースを選んだのではなく、選手を愛しているから、わざと苦しい訓練の環境を選んだのである。それによって、選手がきちんと訓練を受けると、成長することができるからだ。
名監督は、絶対平凡なコースを訓練用として選ばない。
監督の関心は、選手の安楽ではなく、選手の実力にある。
成長にいい環境は、楽な環境ではなく、苦しい環境である。
神様は私たちの監督である。神様が私たちの人生に持っておられる最終的な目的は、楽な人生ではなく、人格の成熟である。
神様はこの目的のために、私たちを時々苦難の現場に連れて行かれる。人は、楽な現場より苦難の現場でもっと早く成長するからだ。
「静かな海は決して立派な船長を作れない。」
すべてが大変で本当に苦しいそのときに、あなたと神様の関係はどうだったか。
ある男女が結婚したが、結婚5年目で、愛している妻が脳内出血で倒れてしまった。
夫の献身的な看病で少しは回復できたが、彼女は歩けず、車椅子の生活を送ることになってしまった。ある日、牧師が彼女に慰めのためあいさつをした。「お元気ですか。」彼女はこう答えた。「いいえ。天国に行くまではご覧の通り元気ではないかもしれません。でも、この世での人生は、そんなに長くないでしょう。ほんの少し、瞬間的な生活ですから、気にしませんわ。」彼女の明るい笑みに、逆に牧師が慰められたという。
苦しみ(問題)は、神様を完全に信頼するチャンスを与える。
苦しみの中の信仰は、暗闇の中の灯台のように、暗い世を光らせる望みの光である。
苦難の中にいるか。信仰の光を光りなさい。いかに美しく、力のあることかしらない。
また、もう一つ大変な環境は、「誘惑の環境」である。
人は、誰も誘惑に露出されている。誘惑を受けることは、悪いことではない。誘惑に陥ることが悪いことである。悪魔はイエス様も誘惑した。天と地のすべてとその栄光をあげるから、自分を拝むように誘惑した。(マタイ4:8-9) この誘惑を現代のバージョンに変えると、こうなる。「日曜礼拝をささげないで、アルバイトをすると、一日100万円あげるよ。」あなたに実際こういう提案が入ったら、あなたならどうするか。今日(こんにち)、大勢の人々が誘惑に非常に弱い。日曜礼拝、十分の一の献金を、簡単に悪魔にあげてしまう。いや、逆に、日曜礼拝をささげなく、十分の一の献金をささげない言い訳を、悪魔が誘惑する前に自ら探している人も少なくないだろう。
イエス様は、ご自分の前で天と地のすべてとその栄光がなくなることを知りながらも、「退け、サタン!」とおっしゃいながら、誘惑を堂々と追い出した。
悪魔は私たちを手ぶらで誘惑することは決してない。悪魔は必ずグット(GOOD)を持ってくる。そして、私たちからベスト(BEST)を奪っていく。これが、誘惑の実態である。
愚かな人は、今のグットだけ見てすぐだまされてしまうが、知恵のある人は、悪魔が狙うベストが見えるために、絶対誘惑に堕ちない。
あなたは、もし1万円(グット)にだまされて100万円(ベスト)を奪われるような愚かな人生を生きているのではないか。
すべての誘惑は、正しいことを選択する機会を与える。
神様を選択するか。誘惑(お金、人、名誉…)を選択するか。
従順は、誘惑のときに神様に対して「はい」と答えることである。
私たちは、誘惑のときに、イエス様のように神様に従順する方法を学ぶことができる。
最後に大変な環境は、「重苦しい環境(自分がやっていないのに、罪をかぶらせ、侮辱される)」の場合である。
イエス様を見よ。イエス様は何の罪も犯さなかった。しかし、すべての人の罪がイエス様にかぶらせた。そのため、イエス様は十字架で殺された。世の中に、これ以上悔しい死はないだろう。しかし、イエス様は全部許して、愛してくださった。
神様は、大変な環境を通して、私たちに教えを与えることを望まれる。
信仰を教えるために苦難を与えられ、
従順を教えるために誘惑を与えられ、
許しを教えるために重苦しい環境を与えられる。
イエス様に似せたいか。
大変な環境のときに、こう質問しなさい。「こういうときにイエス様はどう反応なさったのだろう。」そして、イエス様の反応のようにあなたも反応してみてほしい。そうすると、あなたの人生は驚くほどイエス様に似せて成長することになるだろう。きっと。
「主をばならいたしわが主よわが主よ…」(賛美歌518)

4 コメント

安間チョウコ

2007-12-04 07:22:47

悪い環境で鍛えられる
説教でもし1億円が自分のものになったら、毎日おいしいものを食べ、旅行に行き、ゴルフをして・・・普通の人はそうすることでしょう。一週間位はそのような生活も良いかもしれないが、一人だけで楽しんでもむなしいものだ。
私は、たぶん他の仲間も、世の中の人々や、生活状況などを本能的に観察せずにはおれないのではないでしょうか?そして神様、イエス様ならどうなさるだろうと考えながら、人々の中に入って、天の平和を此の世に実現するために、生涯をかけて努力することに喜びを感じるのではないでしょうか?私は1億円もらっても困ります。

中森千草

2007-12-06 06:12:24

どのような状況においても、 自分から物事にたいして視線を置くのではなく、神様に焦点をあて、 神様の御心を悟るように心がけています。 そうすると、 艱難をとおして、 成長を望んでおられることに気がついて、心に平安が与えられ、 これほどまでに愛してくださっている神様に感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、 苦難にあっていても、 心が満たされます。 神様はどのようにお考えなのか、 どのように対応されるのだろうかと、 自分より、 神様に焦点をあてて、 歩いていきます。

木下 

2007-12-09 17:51:57

苦しい時、どのように反応するかが大切であることを認識しました。未熟な私は、環境に左右されてしまうことが多いのですが、イエス様はさまざまな試練や誘惑に遭遇されても平然とされていました。自分の力で試練や誘惑に対応しようとしているのではないでしょうか。聖霊様の導きに任せて対応することが不十分なのかもしれません。心に聖霊様が共に働かれて、試練や誘惑にあっても平然おられたイエス様に少しでも似ていけたらと思いました。

田辺高幸

2007-12-20 08:46:10

この全生命体の中で最も凄い存在はイエス様である。僕はそう思っている。この方以上の存在があるとすれば、我々のために地上に御子を送ってくださった天の父だけであると思う。
これを考えると、自分がイエス様のようになれるのか、本音を言うと非常に自信が持てない。イエス様は自分が十字架で貼付けにされたとき、この人たちは何も知らないだけだということを言われた。それに比べて自分はどうだろう。嫌なことをされれば、人の悪口を言ったりするではないか。全人類を愛されたイエス様に比べて、何と自分は小さな存在なのかと思ってしまう。
神様はそんな自分にイエス様のようになられることをお望みである。何と大きなものだろう。プレッシャーを感じる。
しかし僕を造ってくれた方は神様だ。そのようになるように期待されているのだから、応えられるようになりたいと思う。そのための弟子訓練だと思っている。道のりは長いけど、イエス様のようになれるように努力をしたいと思う。神様が喜ぶ姿を見たいから、そうなれるように日々の生活を弟子訓練と思い頑張ろうと思う。それが今の僕の本心です。

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